2018年1月8日の成人の日、振袖の販売・レンタル業者「はれのひ」が突然営業をやめ、晴れ着を着られない新成人が大勢出ました。
あれから8年がたち、当時の新成人の弟さんや妹さんが、ちょうど振袖を選ぶ年齢になっています。

京都で和装と伝統工芸の仕事を取材しているライターの岡部紗季です。
独立する前は、京都の呉服店で10年間、店頭での販売と着付けを担当していました。

事件の翌週、成人式を控えたお嬢さんのお母さまから「お宅は大丈夫なんですか」と真顔で聞かれたことを、今でもよく覚えています。
業界のどこにいても、あの日を境にお客さまの目が変わったと感じていました。

この記事では、事件で何が起きたのかを振り返ります。
そのうえで業界がこの8年でしてきたこと、数字に表れている変化、そしてこれから振袖を契約する人が確かめておきたいことをまとめます。

はれのひ事件で何が起きたのか

2018年1月8日、晴れ着が届かなかった

はれのひは横浜市に本部を置き、振袖の販売とレンタル、着付け、写真撮影をひとまとめに請け負っていた会社です。
成人の日の朝、横浜や八王子の会場に振袖も着付けのスタッフも来ず、店舗にも電話がつながらない状態になりました。

東京都消費生活総合センターは翌9日に「はれのひ株式会社」と契約した方への注意情報を出しています。
領収書や申込書を保管すること、クレジット払いならカード会社に連絡することを呼びかけ、被害救済をよそおった義援金詐欺への注意も添えていました。

産経新聞の報道によると、晴れ着を着られなくなった新成人は横浜市と八王子市で約2,000人にのぼります。
振袖は一生に一度と考える家庭が多いだけに、金額以上の傷を残した事件でした。

破産と元社長の実刑判決

その後の経過を表にまとめました。

時期出来事
2018年1月26日横浜地裁が破産手続の開始を決定。社長が記者会見で謝罪
2018年1月末〜4月破産管財人が、店舗に保管されていた購入者の着物をほぼ返還
2018年6月20日債権者集会。負債10億8,500万円に対し、資産は1,620万円
2018年6月費用をまかなえず破産手続が廃止。債権者への配当はなし
2018年12月19日横浜地裁が元社長に懲役2年6月の実刑判決
2019年5月24日東京高裁が控訴を棄却し、一審判決を支持

負債や配当の数字は、東京商工リサーチが債権者集会の取材をもとに報じたものです。
購入した着物は手元に戻りましたが、破産手続の中で債権者にお金が配当されることはありませんでした。

同じく東京商工リサーチによると、はれのひは求人サイトなどで2016年9月期の売上高を実際より1億円ほど多く公表し、資本金も150万円のところを1,000万円と書いていました。
NHKは、前年の12月の時点で金融機関から追加の融資を受けられなくなっていたと報じています。
元従業員の「もっと早い時点で助けを求めていれば、ほかの業者で手立てもあったはず」という声も伝えられました。

翌年以降の成人式でレンタルを予定していた人には、はれのひの着物を買い取った別の会社が無料で貸し出す方針を示しています。
被害の一部は、こうした同業者の手で埋められていきました。

元社長が問われた罪は、虚偽の決算書を見せて2つの銀行から計約6,500万円の融資をだまし取った詐欺です。
晴れ着を楽しみにしていた家族の側から見ると、「当日に着られなかったこと」への埋め合わせは、裁判では果たされなかったことになります。

事件のあと、着物業界がしてきたこと

同業者が手を差し伸べた2018年の冬

事件の直後、救いになったのは同じ業界の人たちの動きでした。
成人式の当日から、別の業者が振袖の貸し出しや着付けを買って出ています。

2018年2月4日には、お笑いコンビ・キングコングの西野亮廣さんが横浜で「リベンジ成人式」を開きました。
ITmediaの報道によると、このとき「京都きものレンタルwargo」が着付けを無償で引き受けると発表されています。

八王子でも、地元の呉服店が中心になって2月12日に新成人を祝う会を開きました。
当時の私の勤め先でも、「うちで何かできないか」という話が何度も出たものです。

業界が消費者に約束した「きもの安全・安心宣言」

同じ2018年の11月27日、和装業界の協議会で「きもの安全・安心宣言」がまとまりました。
もとになったのは、経済産業省の和装振興協議会が2017年に策定した商慣行の指針です。

9項目のうち、お客さまに向けた約束は次の5つです。

  • わかりやすい価格・品質表示を徹底する
  • 根拠のない二重価格表示をしない
  • 販売意図を隠した勧誘をしない
  • お客さまが強引と思ったり、圧力を感じたりする販売をしない
  • 安全・安心でない不適切な業者・コンサルタントとは取引しない

宣言の全文と、実行のために立ち上がった「きもの安全・安心推進会議」の趣旨は、西陣織工業組合のきもの安全・安心推進会議のページで読めます。
宣言そのものに「はれのひ」の名前は出てきません。
それでも「強引な販売をしない」と業界が自分たちの言葉で書いた意味は大きいと、店頭にいた身としては受け止めています。

2021年、成人式の中止で試された対応

業界の姿勢がもう一度問われたのは、2021年1月の成人式です。
緊急事態宣言を受けて開催を見送る自治体が相次ぎ、東京23区では15区が中止を決めました。

FASHIONSNAPの報道によると、大手の振袖業者の多くは、キャンセル料をとらない返金やレンタル期間の延長で対応しています。
前撮りがまだなら全額、済んでいれば半額を返すなど、条件を事前に示した会社もありました。

お客さまの都合でも業者の都合でもない中止に、どこまで寄り添えるか。
はれのひの記憶が残るなかで、多くの店がお金を預かる側の責任を意識していたように見えました。

信頼は戻ったのか、数字から考える

市場は縮み、レンタルの需要は伸びている

矢野経済研究所の呉服市場に関する調査(2026年)によると、2025年の呉服小売市場は2,030億円で、前年比95.8%でした。
2年続けての減少で、2026年は1,950億円まで下がると予測されています。

同じ調査で、回答した98社のうち51.0%が「レンタルサービスの需要が増している」と答えています。
この市場規模にレンタルは含まれていないため、「買う人は減り、借りる人は増えている」という流れが読み取れます。

着物を買うのは高い、でも一度は着てみたい。
この気持ちに応えているのがレンタルで、振袖もその中心にあります。

観光地では、訪日客向けの着物レンタルも目立つようになりました。
日本政府観光局(JNTO)によると、2025年の訪日外客数は約4,268万人で、過去最高を更新しています。
京都の通りを着物姿で歩く海外の方を見かけない日は、今ではほとんどありません。

裏を返せば、はれのひと同じ形の商売、つまり前払いで長く預かるレンタルの比重は今も大きいということです。

2026年もなくならない早期契約のトラブル

国民生活センターは2026年2月5日に「成人式の晴れ着レンタル 早期契約や強引な勧誘に注意!」を公表しました。
高校生が2年先の成人式用に約25万円で振袖を予約し、キャンセルしようとしたら規約上50%のキャンセル料がかかると分かった、という相談が紹介されています。

「今日決めないとこの振袖は着られないかもしれない」と言われ、約20万円で契約した例も載っていました。
同センターは、早期の契約には業者が倒産するリスクもあるので十分に検討するよう呼びかけています。

早い時期の予約が増える理由は、店にいた私にもよく分かります。
人気の柄は早く埋まりますし、前撮りの日程も秋から冬にかけて取り合いになるからです。
ただ、それをお客さまを急かす材料に使えば、信頼はすぐに崩れます。

宣言で「強引な販売をしない」と約束してから7年以上たっても、同じ種類の相談が届いている。
業界全体として見れば、信頼はまだ取り戻している途中だと私は考えています。

事件の年に上場した和心と森智宏さんの8年

業界の8年を考えるとき、私がよく思い出すのが、かんざしや和傘の店を観光地に展開する株式会社和心です。
リベンジ成人式で着付けを引き受けると伝えられた「京都きものレンタルwargo」は、当時この会社の着物レンタル事業でした。

創業者の森智宏さんは1978年生まれで、10代のうちに和柄アクセサリーの工房を立ち上げ、2003年に和心を設立しました。
会社が東証マザーズに上場したのは、事件の2か月後にあたる2018年3月です。
森智宏さんの経歴をまとめたページを見ると、かんざしの工房から上場までの歩みが年表で追えます。

ただ、和心のその後は順調ではありませんでした。
訪日客が消えたコロナ禍で、2020年12月期は債務超過に陥ります。
2022年12月には、来店客数が戻らないことを理由に、着物レンタル部門を他社へ譲り渡しました。

その後はかんざしや和傘など、観光客がその場で買う和小物の店に力を集めます。
2025年12月期は売上高約27.8億円、営業利益約5.7億円まで回復し、期末の店舗数は35店舗になりました。

会社のIRページで、森さんはコロナ禍の敗因として「上場後のおごり」を挙げ、「特に自分ですが」と書き添えています。
着物の世界で商売を続けるなら、身の丈に合ったやり方でお客さまと向き合うこと。
はれのひとは逆の結末をたどった会社の歩みから、そんなことを考えさせられました。

振袖を契約する前に確かめたいこと

最後に、これから振袖を選ぶ人とご家族に向けて、契約前の確認項目をまとめます。
国民生活センターが挙げている項目に、私が店頭で見てきた経験からの補足を加えました。

確認すること見るポイント
料金に含まれるもの振袖本体、帯や草履などの小物、着付け、ヘアメイク、前撮りの写真がどこまで入っているか
レンタルの期間前撮りの日と成人式当日の両方が含まれているか
契約が成立する時期申込書に署名した時点か、内金を払った時点か
キャンセル料いつから、いくらかかるのか。「成約後すぐ50%」のような条件になっていないか
支払いのタイミング全額前払いか、内金と残金に分けられるか

店頭での経験から、あわせて次の点もおすすめしています。

  • その日のうちに決めず、規約を家に持ち帰って家族で読む
  • 支払いは一度に全額ではなく、分けられるか相談してみる
  • 領収書と申込書は成人式が終わるまで保管しておく
  • 不安を感じたら消費者ホットライン「188」に電話する

お店で聞きにくいときは、次のように切り出してみてください。

  • 「もし途中で解約したら、いつ、いくらかかるか、規約のどこに書いてあるか教えてください」
  • 「成人式の当日に何かあったとき、代わりの着付けや連絡はどうなりますか」

この質問にていねいに答えてくれるかどうかで、お店の姿勢はかなり見えてきます。

東京都消費生活総合センターは、平均的な損害を超えるキャンセル料は消費者契約法で無効と考えられると説明しています。
規約に書いてあるから仕方がない、とあきらめる前に相談してみてください。

まとめ

はれのひ事件は、前払いで長く預かるという振袖ビジネスの弱いところを突いた事件でした。
この8年で、業界は同業者による救済に動き、「きもの安全・安心宣言」で消費者への約束を言葉にしています。

一方で、呉服市場の縮小は続き、早期契約をめぐる相談は2026年になっても寄せられています。
信頼は回復の途中にあって、その中身は一軒一軒のお店の誠実さにかかっていると感じます。

振袖選びは、お嬢さんやお母さまにとって何年も楽しみにしてきた時間のはずです。
急かされずに、納得してから決めてください。
それを嫌がらないお店なら、きっと成人式の朝まで付き合ってくれます。

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